今までの記事でカメラモジュールの構造について簡単に説明してきました。ここではその中で重要な役割を持っている、カメラを設計する為に必要な「レンズ」の基礎知識を初級設計者向けにお伝えしていきたいと思います。初めてカメラモジュールの設計担当をする事になった方、レンズってどんな役割を持っているの?いろいろな用語が出て来るけど良く分からない。という方向けに、
お応えしていきたいと思います。
本記事では、カメラ設計者の為のレンズの基礎知識と、設計する上で必ず直面するレンズ関係の用語をわかりやすく解説していきたいと思います。繰り返しとなりますが、あくまで初級編となります。
カメラモジュール設計者の為のレンズの基礎知識
レンズとは?
ここではカメラ設計者の為にレンズの基本的な役割を記載していきたいと思います。
「レンズとは光をイメージセンサに集める為の物」です。
前回の記事で簡単なカメラモジュールの構造を説明させて頂きました。レンズは光を集め、イメージセンサにその光を集める役割を持っています。簡単にいうとこれだけの役割です。過去の記事は下記。
そこで必要な事はいかに効率よく、正しく、多くの光を取り込むか、という事が課題となってきます。一眼レフカメラを皆さん見た事があると思います。カメラ本体より大きいレンズが付いていますね。なぜこんな大きいレンズが必要なの?と疑問に思われる方もいると思います。逆にiphoneのカメラはものすごく小さいですね。この一眼レフとiphoneのカメラの大きさの違いはいったい何でしょうか?
この大きさの違いで、顕著な箇所は、レンズとイメージセンサです。その中でも特にレンズの大きさが違います。レンズの大きさが違うと、いろいろな特性の違いがあるのですが、「取り込む光の量」が圧倒的に違う。という所が最も大きな違いです。
カメラはレンズを使って光を取り込み、イメージセンサで光を電気に変えて伝送する。という事が基本的な仕組みであると過去の記事で説明させて頂きました。その一番の元となる光をどれだけイメージセンサに取り込めるか。これが重要になります。そのため今でも一眼レフカメラのように、ものすごく大きいレンズを使って多くの光を取り込んで撮影する。というスタイルが残っています。
しかしそうするとiphoneはどうなの?
という疑問が出てくると思います。iphoneのレンズはものすごく小さいです。当然取り込める光の量も一眼レフカメラよりも少ない。それなのに最近はものすごく画質がきれいです。一眼レフカメラで撮ったのと変わらないのでは?というと言いすぎかもしれませんが、近い物があると思います。
その理由は、大きくは次の3点の技術革新によるものです。1に関しては、一眼レフのように光が多く取り込めるようになったのではなく、光を取り込める量を変えずに、レンズサイズを小さくする事が出来る「レンズの小型化技術」が進んだ事というのが実態です。その光を使って、2,3番目のデジタル技術の進化によって、iphoneは一眼レフに負けない画質を、小さいカメラモジュールで実現する事に成功しています。この記事では1番の説明、別の記事で、2,3を説明していきたいと思います。
- 小さいレンズでも光を取り込めるようにするためのレンズ設計技術
- 光をたくさん蓄積する為のイメージセンサ設計技術(BSI)←イメージセンサの記事の時に詳しく説明したいと思います。
- 少ない電気の量でも、画像を綺麗に見せる信号処理(ISP)の技術 ←ISPの記事の時に詳しく説明していきたいと思います。
レンズ小型化技術
レンズを小型化する為の技術について説明していきたいと思います。左の図が昔のカメラモジュールの構造。右側が近年のカメラモジュールの構造です。これら進化は近年起きたものではなく、約20年前、携帯電話(ガラケー)が出始めて以来、日本のカメラメーカが工夫を重ね、時間をかけて、携帯電話の薄い筐体に入れるべく小型化、薄型化を目指し、日本の様々なメーカが切磋琢磨してきました。その技術は今や様々なカメラモジュールに使われるようになってきております。それぞれ簡単に説明していきます。
- レンズ玉
- ガラス素材からプラスチック素材へ変化
- レンズ玉は昔はガラス素材で作られていました。(今でも使われている部分もあります)しかしながらガラスの加工は難しく、微細な加工が困難というデメリットがあり、またコストが高いという点から、カメラモジュールのレンズに関しては、プラスチックレンズが主流になってきています。プラスチックレンズは、加工がしやすく、材料が安いため、小型化が可能で安いといったメリットがあり、携帯電話のカメラのレンズ設計にマッチしました。温度によって特性が変化してしまうといったデメリットもある為、車載カメラではまだガラスの採用も一部ありますが、将来的にはプラスチックになっていくだろうと予想しています。
- 球面レンズから非球面レンズへの変化
- 球面レンズとは、球体の一部を切り取ったようなレンズ。非球面レンズとは、球面が球体ではなく、非線形な形状をしているレンズです。球面レンズのメリットは加工が簡単な事ですが、デメリットは、レンズの中心部と周辺部を通った光で焦点がずれる為、さまざまな収差が問題となっていました。収差とは理想的な結像からのズレの事を言い、結果これが起きると「画像がボケたり、色がズレたり」します。また、球面レンズは、形が球面なので、小型化する事が困難です。それを解消するために生まれたのが非球面レンズです。非球面レンズは上にも記載した通り、非線形な形状と特長としており、特性や形状を球面レンズに対し自由に設計する事が可能となりました。その非球面レンズを活用し、収差を抑え、かつ形を任意に変形する事で、パズルのように、ぎゅっと何枚ものレンズを組み合わせる事で小型化を実現できるようになりました。
- レンズ枚数の削減
- ガラスレンズからプラスチックレンズへ、球面レンズから非球面レンズへの変化によって、レンズの形を自由に形成できるようになった結果、レンズの枚数の削減が出来るようになりました。今までは、光の進む道を正しくレンズで作る為には、複数枚のレンズを組み合わせて光路を作る必要がありましたが、非球面レンズの活用により、少ないレンズ枚数で光路を作れるようになったのです。また、上で記載した通り、それらのレンズをかさばらない様に組み合わせる事で低背のレンズを作る事が出来るようになっています。
- ガラス素材からプラスチック素材へ変化
- レンズ鏡筒
- レンズ鏡筒とは、レンズ玉を支える、モールド部品の事を指します。温度により変化しなく、小型で頑丈。これがレンズ鏡筒に求められる性能です。非常に単純な役割をもった部品ですが、これが難しいのです。日々進化するメカニカル的な技術の進化で、日進月歩、金型、材料開発によって、より薄く、熱に強い素材を形成できるようになった為、今ではipnoneに入れられるくらい小さいレンズ鏡筒が作れるようになっています。
- 取り付け構造
- 昔、レンズを基板に取り付ける為に、「ビス」が活用されていました。しかしながら、もちろんビスでレンズと基板を取り付けると大きくなります。そこで、UV硬化樹脂や熱硬化樹脂といった、樹脂により基板とレンズを取り付けるようにする事で、ビスの取り付け部分がなくなる為、上の図のようにレンズ鏡筒の小型化が可能となり、今では、携帯電話に搭載されているカメラのほとんどがこの構造になっています。
- レンズバレルとホルダー
- 上の図でレンズ玉が付いている部分が「レンズバレル」ビスが付いている部分を「レンズホルダー」と呼ばれており。昔はレンズ鏡筒は2つの部品から構成されていました。レンズホルダーにネジがきってあり、レンズバレルを回転させてはめ込む。その後ピントがあう場所で固定。というのが、大昔の構造でした。その後、その構成では、レンズバレルが傾いた時に、レンズが傾いて周辺がピンボケてしまう。という課題があり、レンズホルダーの上に、レンズバレルをピントを合わせながら接着する。という方法が次に現れた構造です。そして、最終的には、レンズバレルとレンズホルダーは上右の図のように一体構造となり、「3」の接着剤でレンズ鏡筒と基板を接着する際に、6軸(x,y,z,α,γ,Θ)を調整し、カメラに映るすべての面でピントが合うように、小型でかつ性能の高いカメラモジュール構造が出来上がっており、今でもその構造が活用されています。
カメラ設計者が最低限覚えておくべき用語7種
最後に、カメラ設計者がレンズの会話をする時に最低限押さえておいた方がよい用語を説明したいと思います。一番初めに記載しましたが、本記事は初級編です。レンズに関する用語はまだまだあります。ここでは、本当に最低限知っておいた方が良い用語をご紹介させて頂きたいと思います。
上の図は中心にレンズを置き、その左側「1」の位置にある被写体をレンズを通して「2」の位置においてあるイメージセンサに結像する為の概略図になります。
- 物点
- 結像対象の被写体が置いてある場所
- 像点
- イメージセンサが置いてある場所
- 主点
- レンズの中心点。複数枚のレンズがある場合は複数枚のレンズを1枚のレンズとみなし、その中心の点
- 焦点距離
- 主点から像点までの距離。この距離を調整する事でピントを合わせます。
- 撮像距離(WD(ワーキングディスタンス)とも言う)
- 主点から物点までの距離。カメラから被写体までの距離。
- 焦点深度
- ピントが合う範囲。これが狭いと、焦点距離が少しずれただけで、ピントがずれてしまう。ある程度調整幅を持たせるために、深度を深くする設計をした方が良いが、深すぎるとジャスピン位置の解像度が落ちてしまうため、ある程度深く、ピントも満足できるバランスで設計する。
最後に下の図の1,2を合わせて、FOV(Field of View)画角の説明を記載します。
7.画角 FOV(Field of View)
水平画角と垂直画角度双方とも設計では重要となり、下図の1が水平画角、2が垂直画角となります。これは、画像を映す範囲を示しており、広くなればなるほど広角レンズになっていきます。広くなればなるほど、広い範囲を撮像する為にレンズを大きくする必要が出てきます。iphoneの自撮用カメラと裏面のカメラを見た時に、自撮用カメラはレンズが見えないくらいのサイズに対し、裏面カメラは巨大なレンズが2個、3個みえるのは、この画角が広いというのも1つの要因です。GoProではレンズが丸見えになって、球体のレンズが付いているのが分かると思いますが、それはiphoneよりもさらに画角が広いためにそのようになっています。
✓まとめ
いかがでしたでしょうか。初級編として、初めてカメラモジュールの設計担当をする事になった方、レンズってどんな役割を持っているの?いろいろな用語が出て来るけど良く分からない。という方向けに、簡単に説明をしてきました。繰り返しとなりますが、
カメラとは
「レンズを使って光を取り込み、イメージセンサで光を電気に変えて伝送する。」
レンズとは
「光をイメージセンサに集める為の物」
となります。そしてカメラモジュールで必要とされるレンズとは、小型構造を実現できるもの。その小型化には長年の日本企業のノウハウが蓄積されており、今でも10年以上前の技術が世界のスタンダードとして使われています。その技術は民生製品(携帯電話)でスタートし、今では自動運転向けのセンサでの活用が主流になりつつありますが、基本理念は変わりません。これはすごい事だと思います。世界中の企業がその技術を取りに日本にR&Dセンターを建てる事も納得です。
日本の技術は素晴らしいと、私は今でも思っています。
記事が気に入って頂けたら、クリックして頂けると嬉しいです。
コメント